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三pの隙間

「いじめは卑怯なこと!」
苦痛・孤独の叫び 全員に問いかけ
”正義感”は健在だった

著者 山中雅史

2000年10月25日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載
 私のクラス(二年生)でいじめがあった。いじめにあったのは,クラスで一番小さい男の子。彼は,同じ班の仲間たちから「馬鹿」とか「チビ」とか言われていた。グループを作るときも班の仲間たちと机をくっつけてもらえなかった。給食の時,私は,毎日各班を訪問して子供たちと一緒に食べる。私は、そのときにも机と机の間に気付かないでいた。『三pの隙間』であった。

 いじめは,組織的継続的に行われる。彼が机をつける。すると他の子たちは離す。この繰り返し。二十pならすぐに分かる。三pはほかにはなかなか分からないものだ。しかし,当事者たちにとっては明らかに「離されている」「離している」意識となる。
 いじめた子たちだって,心の葛藤があったであろう。「やめようよ」などとはなかなか言い出せないものだ。言ってしまったら,今度は,自分が『三pの隙間』の彼方に追いやられてしまうかも知れないから。
 

■矢継ぎ早に質問■

 私は自分自身を恥じた。これらの事実を私は,よりによって一ヶ月間も見過ごしていたのだから。本来楽しい営みとなるはずの給食。七歳の彼にとっては苦痛,孤独以外の何ものでもなかった…。しかも,私がいじめの事実を知ったのは彼の訴えからであった。
「一ヶ月もか…。ごめんね。先生,何も気がつかなくて。本当に辛かったね。よくここまで我慢したね。後は先生に任せなさい。」としか言えなかった。 私は,子供たち全員を教室の黒板の前に集め,その場に座らせた。
「最近,一つだけどうしても見過ごしてはならないことがありました。とっても重大なことです。」
 子供たちはシーンと聞いている。
「実はね,『馬鹿』とか『チビ』とか悪口を言っている子がいるんだよ。しかも班の中で毎日毎日だよ。」
 すぐに子供たちから「えー」と声があがった。私は,矢継ぎ早に数名の子に聞いていく。「どう思う?」ーひどいと思う。「君はどう思う?」ー許せない。「君は?」ーこれはいじめです。
 いじめに加担していた子たちの目が不安げだ。
「こんな事は許せないと思う人は手を挙げなさい」
 全員の手が挙がる。やっていた子たちも手を挙げている。しかし,その手の表情はどこか自信なげだ。さらに畳みかける。「これは明らかにいじめだと思う人?」
 全員の手が林立する。

■完全に孤立状態■

 しかし,ここで手を緩めてはいけない。
「もっと言うとね。実はそれだけじゃないんだ。」
 子供たちの目は,私の次の言葉を待っている。
「給食の時,一人だけ机を離すんだよ。しかも山中先生に分からないように三pだけ離すんだよ。」
「えーー!」と子供たちの声が一段と大きくなる。「これってどう思う?」ーそれは卑怯者がすることです。「君は?」ー机をつけてもらえない子がかわいそうだ。「こんな事許せるか?」ー許せない!
「本当にそうだよな。許せないと思う人は手を挙げなさい」
 全員の手が再び天井に突き刺さった。
 いじめていた子たちは完全に孤立状態。いつの世でも子供集団がもつ「正義感」は健在だ。私はそれを味方に付けた。そして最後に一言。
「今度同じようなことがあったら,クラスのみんなと先生を敵に回すことになるんだ。心しておきなさい。」 
 以後,この手のいじめはピタッと無くなる。翌日の日記にはー。
『ぼくは,いじめはきらいです。でも,ときどきやってしまいます。これからは,絶対やめます。
 そんなものは,用水に捨てます。かわりに,人を助けるよい心を今度は,用水から拾います。』
(山中雅史・小学校教諭)

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